大判例

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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)1050号 判決

控訴人は、「原判決を取消す、被控訴人が、昭和二十二年十月二日原判決添付の目録記載の農地についてなした、買収処分の無効なることを確認する、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を、被控訴人は、「本件控訴を棄却する、訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人において、

(一)  農地買収は、ほとんど国の一方的意思によつて、農地の所有者の所有権を奪うことにあるから、その間の公正を担保する意味で、自作法第九条により必ず買収令書を発行し、これを被買収者に交付(時には公告)することを絶対要件とし、しかもその令書には、買収農地の所有者の氏名を明記することを要求している。つまりここに記載された農地の所有者こそ、当該買収処分の義務者である。しかるに死者は、かような義務を負担する能力のないものであるから、かゝる者を対象とする買収処分はその実質はどうであろうと有効とすべきではない。

(二)  本件買収令書は、控訴人に送達されていない。控訴人名義の本件買収に関する対価等受領の委任状は、控訴人の妻嶌田マサが、朝和村農地委員会の係員から、その使途を告げられず、たゞ印章を要求されたので、無雑作に控訴人の印章を交付したものを、濫用されたものと思われるから、これによつて買収令書が控訴人に送達されたと認むべきではない。

(三)  本件買収計画の決議には、利害関係ある中西一郎が、農地委員として関与している、そして農地委員会のような合議機関では、一人の意見がよく全体の意見を動かし得るものであるから、右中西の関与したことは、決議の結果に大きな影響を及ぼす蓋然性が強いから、右決議による買収計画は公正を疑うに足る懸念が十分であつて、これに基く買収処分は無効というべきであると述べ、

被控訴人において、

(一)  農地改革の目的を達するため、県事務当局としては、農地の売買、分家贈与等に関係なく、一応土地台帳名義で買収事務を進めるよう指導したので、朝和村農地委員会は、この方針に従つて、遺産相続等は考えず、本件農地の所有者を、死亡者たる嶌田カツエとして買収事務を進めたのであるが、実質はその相続人たる控訴人を所有者として買収したものであり、控訴人もこれを自認した上、買収令書、買収代金等を受取り、農地証券も現金にかえている以上、本件買収処分には何等違法はない。

(二)  控訴人は本件の訴状においては、買収令書受領の点には触れていなかつたこと、控訴人所有の宅地の買収についても、その買収令書の受領を拒んだ事実等から見ても、控訴人のいうように、本件農地買収についての控訴人名義の委任状が、控訴人不知の間にできたはずはない。右委任状及び買収令書受領証の控訴人の印影は、その妻マサの押捺したもので、仮りに当時の農地委員会の係員が、その趣旨を説明した上、マサより控訴人の印章を受取り押捺したものとするも、控訴人のいうようにその印章を濫用したことにはならない。

控訴人は前示のようにその所有の宅地については、買収令書及び代金の受領を拒んでいるから、当時本件農地の買収代金以外には受領すべきものはないのにかゝわらず、後日農地証券とともにこの代金を受領したことは、明かに本件農地の買収令書を受取つたものといわねばならない。もし控訴人がこれを受領を拒んだとすれば、自作法第九条第一項但書によつて、公告すれば足りるのであるから、無理に渡す必要はないわけである。

(三)  中西一郎は自己が買受けた大字永原百三十三番地田六畝十四歩の外、同所四百四十一番地田一反六畝二十八歩の二筆を、控訴人から賃借小作していたものであるが、後者の方が面積も広く、宅地にもなる場所で、地価も高いばかりでなく、同人の宅地に近く耕作にも便宜であるが、控訴人の希望によつて永原部落の近くで地価の高い宅地にも早くなるような土地のみを、控訴人の保有小作地として残したものである。従つて、本件買収計画の決議に同人が関与したとしても、それによつて控訴人は何等不利益を受けていないから、これをもつて違法、無効ということはできないと述べた外原判決記載の事実と同一であるから、これを引用する(立証省略)。

三、理  由

原判決添付の目録記載の農地は、もと控訴人の母嶌田カツエの所有であつたところ、同人は昭和二十年三月十一日死亡し、控訴人が遺産相続によつて、同日これが所有権を取得したこと、及び被控訴人が、昭和二十二年六月五日朝和村農地委員会が定めた買収計画に基いて、右農地について同年十月二日付で自作法第三条によつて買収処分をしたことは当事者間に争のないところである。

控訴人は、右買収処分は違法であつて、その違法は右処分を当然無効ならしめるものであると主張するから順次その当否を審究する。

(一)  控訴人はまず農地の買収処分をなすには必ず買収令書を発行し、これを被買収者に交付しなければならないつまり右令書に記載されている農地所有者こそ、当該買収処分の義務者であるが、本件買収計画は、その当時すでに死亡していた嶌田カツエに対してなされ、これに基く本件買収令書には右カツエを所有者として記載してある。かような義務能力のないものに対してなされた本件買収処分は、その実質にかゝわらず、当然無効であるといゝ、本件買収計画及び買収処分がいずれも、当時すでに死亡していた嶌田カツエ名義をもつてなされたことは、被控訴人の争わないところであるが、一方また、右計画、処分の当時本件農地が登記簿上、嶌田カツエ所有の名義のまゝになつていたことは控訴人の認めるところである。

そして自作法による買収計画、及び買収処分は、登記簿上の記載にかゝわらず、真実の所有者に対して、なされなければならないけれども、登記簿上の名義人に止り、すでに所有者でないものに対してなされた買収計画、買収処分も、その違法を原因として取消されない限り、当然無効とはならないものと解すべきである。(昭和二十九年一月二十二日最高裁判所判決参照)

すると本件買収計画、買収処分は当時死亡していた嶌田カツエに対してなされた点において違法であるけれども、右カツエは登記簿上本件農地の所有名義人であつたことは、前示のとおりであるから、これをもつて本件買収計画及びこれに基く買収処分は当然無効なりとする控訴人の主張は採用できない。

(二)  控訴人は次に、本件買収令書は控訴人に交付されていないから、その買収処分は無効であると主張し、買収処分は、買収令書を被買収者に交付することによつて、外部に対する効力を発生するものであるから、この点について考えて見る。

控訴人がその印影を認め、その余の部分は当裁判所がその成立を認める乙第一号証、控訴人がその印影を認め、その他の部分は原審(第一、二回)及び当審証人福岡藤市郎、嶌田マサの証言(嶌田マサの証言は各その一部)原審における、控訴人本人の尋問の結果の一部、によつてその成立を認め得る乙第二号証の一、二、同第三号証の一、成立に争のない同第三号証の二、乙第二号証の二の嶌田マサ名下の印影が控訴人の印章によるものであるとの控訴人の主張事実、右福岡藤市郎の原審における第一回の証言によつて、当時の買収令書の用紙たることを認め得る乙第四号証、並びに前示福岡藤市郎の証言、嶌田マサの証言の各一部、原審証人中西末広の証言を総合すると、本件買収処分当時の買収令書の用紙は乙第四号証のように、「買収令書」と「その受領証」及び「日本勧業銀行に対する農地買収の対価、報償金の受領に関する一切の件の委任状」とが連絡した一枚の紙よりなり、その各部分が夫々切取線で切取られるようになつていたものであつて、当時朝和村農地委員会においては、被買収者に右のうち、買収令書を交付し、係員よりその趣旨を説明の上、右受領証及び委任状に被買収者の印章を捺印し、右委任状は県の手を経て、日本勧業銀行に送付せられ、被買収者は、対価等を同銀行又はこれに代る農業協同組合から、受取るような手続になつていたこと、そして本件の場合においても、控訴人の妻嶌田マサが昭和二十三年初め頃朝和村農地委員会において当時の主任書記福岡藤市郎から、その説明をきいた上、自己の分とともに、控訴人を代理して(当時嶌田カツエの死亡が右委員会に判明していたので)前示嶌田カツエ名義の買収令書を受取り且つ控訴人名義の右受領証及び委任状に福岡をして控訴人の印章を押捺せしめた事実を認定するに十分である。(殊に当審における証人嶌田マサの証言によると、同人は控訴人と永年同居せる妻であることが明かであるから、その他の前示各証拠と合せ本件買収令書の受領について控訴人を代理する権限あるものと認むべきである)右認定に反する証人嶌田マサの証言及び原審における控訴人本人尋問の結果は信じ難く、その他右認定を動かすに足る証拠はない。

(三)  なお控訴人は本件農地買収計画については利害関係のある中西一郎が農地委員として議事に関与しているから、右計画延いてこれに基く本件買収処分は無効であると主張し、本件農地の買収計画を定めた昭和二十二年六月六日の朝和村農地委員会に右中西一郎が小作側の委員として出席し、本件農地を含めた、総括的な農地買収計画の議事に関与したこと、同人が本件農地の一部の小作人であることは被控訴人の争わないところであるが、成立に争のない甲第三号証及び原審証人中西一郎、福岡藤市郎(第一回)の証言によると右委員会においては被控訴人主張のように本件農地を含めた、全部一括した買収計画の決議に右中西一郎が関与したものであるが、同人はこの審議に当つて何等発言をしなかつたのにかゝわらず、出席委員(定員と同数)全員の一致をもつて右決議の成立したものであることを認めることができる。

そうするとたとえ右議事に中西一郎が関与しなかつたとしても、右決議は成立すべかりしものであることは明かであるから、中西一郎の関与した右決議が、当時の農調法第十五条ノ十二に反する違法ありとするも、未だ本件買収計画を当然無効ならしめる程重大なかしがあるものとするを得ない、従つてまた、右計画に基く本件買収処分を無効ということはできない。

以上説示のように、控訴人の本訴請求はその理由がないから、本件控訴は民事訴訟法第三百八十四条によつて棄却すべく、訴訟費用について同法第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)

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